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3.11から5年

土曜日, 3月 12, 2016 8 コメント
あれから5年…
久住のテレビ越しにみたあの風景。
今でも覚えています。何も出来ず、ただただテレビに叫んだ…
これが現実世界なのか…

東北の地を訪れてそれを実感した。ここにあったはずの、家、学校、ビル全てが流されまっさらな大地へと姿を変えていた。

僕らにしか出来ないことは必ずある。舞台の力で復興を。

日本中が震災の教訓を忘れない様に、また、被災された方々をどんな形であれサポートできる様、TAOとして、一人の人間として、これからを生きていきます。


8 件のコメント:

  1. 真弓まゆみ2016年3月12日 5:52

    3.11
    昨日の日本時間14:46分、黙祷のサイレンがなりました。日本中の方が改めて五年前の悲劇に心を痛めたと思います。

    昨日の公演会で、『この命に対する感謝』『ありがとうの反対は当たり前』と、言う言葉を聞きました。
    普通に生活できる事に感謝の気持ちを忘れている事に、気付かせてもらえた一日でした。

    TAOを応援できる事にも感謝して、皆さんが無事に日本に帰って来るのを楽しみに待ってるよ☆彡

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  2. あの日から5年
    14時46分18秒
    黙祷しました
    涙が止まりませんでした…

    私に出来ること
    今年も 色々さがして
    やってます
    何ができるか?じゃなく
    何か出来る!と思って
    微力ながら行動にしてます
    きっとこの気持ちは
    繋がると信じて

    忘れないこの日を
    これからも
    私の出来ることで
    応援し続けたいと思ってます

    TAO通して繋がった
    大切なお友達も気仙沼で
    頑張ってます
    TAOの公演を楽しみに待ってます

    繋がり

    これからも大切にします。

    そして 今日は楽しみにしてた
    TATAKIMAKUREだ♪
    気仙沼のお友達にももちろん報告
    純くん居なくて
    ちょーーーー寂しいけど
    楽しんでくるね♪

    残りのステージも
    頑張って下さい。

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  3. 当時、私は忙しく仕事に追われていましたが、突然の揺れにパソコンが落ちたり本棚が崩れたり、社内はパニック。
    交通網は完全にストップし、結局帰宅できず会社で一夜を過ごしました。
    翌朝帰宅してみると、本棚や食器棚からの落下物で部屋はごちゃごちゃ。
    たまたまこの日、自宅に忘れてきてしまった携帯には、家族や海外の友人含め、沢山の安否確認メールが届いていました。

    その後改めて知った各地の被災状況に、私もこれが現実とは思えず、映画の中の世界にしか思えなかったのを覚えています。

    その頃読んだある医療スタッフのブログは、今でも強烈に印象に残っています。

    亡くなった方が発見された場所に立てられた無数の赤い旗。
    その一つを前にして佇むおばあさんに声をかけられたスタッフ。
    「ここには戦後、おじいさんが一生懸命働いて建てた家があったんだよ。病気一つしない人だったけど死んじゃったよ」

    長い年月をかけて培った沢山の思い出も大切な人も、一瞬にして奪い去っていった事を物語るその一文を読み、嗚咽の声を止める事ができず、ただただ泣き続けた事を思いだします。

    原発事故により全く復興の目処が立たない被災地もまだあります。
    私たちにできることは少ないのかもしれないけれど、風化させることなく、こうして忘れずに語りつぎ、想いをつなげるのも大事な事だと思っています。

    TAOの演奏には人の笑顔を引き出し、元気を与える力がある。
    TAOメンバーとしての純さんの強い決意表明も胸に刻みました。
    是非また被災地での公演を実現させて下さいね!
    その時は1人でも多くの地元の方が行けるよう、私は自宅待機で応援させていただきます(^_^)

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  4. あれからもう5年…まだ5年。

    停電が続いてやっとTVが見れた時、現実に起きている事態をやっと理解出来ました。
    ただただ驚愕しました。

    同じ東北に住む者として
    同じ日本に住む者として
    これからもこの日を忘れずに
    これからも私に出来ることをして
    普通の日々に感謝して

    あの時、純さんやTAOの皆さんが与えてくれた元気、勇気、希望。
    皆さんの心にずっと生き続けています。

    これからも、東北を日本を元気にし続けて行きましょう!

    東北は頑張っていますよ。

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  5. 純くん、こんにちは。

    あの日職場で、何が起きたのか、どれほどの規模のものなのかよく分からないまま、働いているお店は余震の中通常営業。深夜に帰宅して、初めて事態の大きさを知り愕然としました。
    東京にいた私ですら感じた恐怖。
    東北の方々の恐怖は計り知れません。

    TAOは、人を勇気づけ、寄り添い、支え、笑顔をくれる。
    この5年見てきて本当にそう思います。
    物理的な復興ももちろん急務ですが、心の復興はもっと大事。
    TAOの舞台で、これからも復興への活力を届け続けてください。
    そんなみなさんを応援し続けます。

    私にもなにか出来ること…。
    ささやかでも、続けていきたいと思います。

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  6. 純くん、こんにちは。

    あの日職場で、何が起きたのか、どれほどの規模のものなのかよく分からないまま、働いているお店は余震の中通常営業。深夜に帰宅して、初めて事態の大きさを知り愕然としました。
    東京にいた私ですら感じた恐怖。
    東北の方々の恐怖は計り知れません。

    TAOは、人を勇気づけ、寄り添い、支え、笑顔をくれる。
    この5年見てきて本当にそう思います。
    物理的な復興ももちろん急務ですが、心の復興はもっと大事。
    TAOの舞台で、これからも復興への活力を届け続けてください。
    そんなみなさんを応援し続けます。

    私にもなにか出来ること…。
    ささやかでも、続けていきたいと思います。

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  7. あれから5年…昨日は、あの日や今の被災地が朝からずっとテレビで流れてました。
    身近な人を亡くされた方は“区切り”なんてないと言われてました。
    仏壇に毎日話しかけてる方を見たとき涙が出ました。
    そんな人達の悲しみに比べるとちっぽけな事ですが、この一年はTAOの皆さんに本当に元気と笑顔を頂きましたよ(*^^*)
    TAOの皆さんと純さんのお陰で毎日、元気に過ごしています!
    ありがとうm(_ _)m
    これからも、東北の人達に 日本の人達に 世界の人達にTAOとしてひとりの人としてサポートしていく純さんを、TAOを応援してます(*^^*)

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  8. 「当たり前のように明日は来ない」という絶望感に打ちのめされたあの日から5年が経ちました。絶望感と恐怖に支配されていたあの時、気仙沼にTAOが来てくれて私達は大きな勇気と希望を沢山貰いました。TAOは東北を元気にしてくれる力と癒しと勇気になっています。東北を気にかけてくれてありがとう‼感謝です。
    「純君も、毎日をただひたむきに生きてください。そして、テッペンを目指して必死にもがいてください。お互いの場所で悔いのない一日、一日を積み重ねて明日に向かって前進して行きましょう!」そんな事を伝えたい5年目です。また純君の勇姿を観れる事を楽しみにしています‼ほんとうに、ありがとう。

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