3.11昨日の日本時間14:46分、黙祷のサイレンがなりました。日本中の方が改めて五年前の悲劇に心を痛めたと思います。昨日の公演会で、『この命に対する感謝』『ありがとうの反対は当たり前』と、言う言葉を聞きました。普通に生活できる事に感謝の気持ちを忘れている事に、気付かせてもらえた一日でした。TAOを応援できる事にも感謝して、皆さんが無事に日本に帰って来るのを楽しみに待ってるよ☆彡
あの日から5年14時46分18秒黙祷しました涙が止まりませんでした…私に出来ること今年も 色々さがしてやってます何ができるか?じゃなく何か出来る!と思って 微力ながら行動にしてますきっとこの気持ちは繋がると信じて忘れないこの日をこれからも私の出来ることで応援し続けたいと思ってますTAO通して繋がった大切なお友達も気仙沼で頑張ってますTAOの公演を楽しみに待ってます繋がり絆これからも大切にします。そして 今日は楽しみにしてたTATAKIMAKUREだ♪気仙沼のお友達にももちろん報告純くん居なくてちょーーーー寂しいけど楽しんでくるね♪残りのステージも頑張って下さい。
当時、私は忙しく仕事に追われていましたが、突然の揺れにパソコンが落ちたり本棚が崩れたり、社内はパニック。交通網は完全にストップし、結局帰宅できず会社で一夜を過ごしました。翌朝帰宅してみると、本棚や食器棚からの落下物で部屋はごちゃごちゃ。たまたまこの日、自宅に忘れてきてしまった携帯には、家族や海外の友人含め、沢山の安否確認メールが届いていました。その後改めて知った各地の被災状況に、私もこれが現実とは思えず、映画の中の世界にしか思えなかったのを覚えています。その頃読んだある医療スタッフのブログは、今でも強烈に印象に残っています。亡くなった方が発見された場所に立てられた無数の赤い旗。その一つを前にして佇むおばあさんに声をかけられたスタッフ。「ここには戦後、おじいさんが一生懸命働いて建てた家があったんだよ。病気一つしない人だったけど死んじゃったよ」長い年月をかけて培った沢山の思い出も大切な人も、一瞬にして奪い去っていった事を物語るその一文を読み、嗚咽の声を止める事ができず、ただただ泣き続けた事を思いだします。原発事故により全く復興の目処が立たない被災地もまだあります。私たちにできることは少ないのかもしれないけれど、風化させることなく、こうして忘れずに語りつぎ、想いをつなげるのも大事な事だと思っています。TAOの演奏には人の笑顔を引き出し、元気を与える力がある。TAOメンバーとしての純さんの強い決意表明も胸に刻みました。是非また被災地での公演を実現させて下さいね!その時は1人でも多くの地元の方が行けるよう、私は自宅待機で応援させていただきます(^_^)
あれからもう5年…まだ5年。停電が続いてやっとTVが見れた時、現実に起きている事態をやっと理解出来ました。ただただ驚愕しました。同じ東北に住む者として同じ日本に住む者としてこれからもこの日を忘れずにこれからも私に出来ることをして普通の日々に感謝してあの時、純さんやTAOの皆さんが与えてくれた元気、勇気、希望。皆さんの心にずっと生き続けています。これからも、東北を日本を元気にし続けて行きましょう!東北は頑張っていますよ。
純くん、こんにちは。あの日職場で、何が起きたのか、どれほどの規模のものなのかよく分からないまま、働いているお店は余震の中通常営業。深夜に帰宅して、初めて事態の大きさを知り愕然としました。東京にいた私ですら感じた恐怖。東北の方々の恐怖は計り知れません。TAOは、人を勇気づけ、寄り添い、支え、笑顔をくれる。この5年見てきて本当にそう思います。物理的な復興ももちろん急務ですが、心の復興はもっと大事。TAOの舞台で、これからも復興への活力を届け続けてください。そんなみなさんを応援し続けます。私にもなにか出来ること…。ささやかでも、続けていきたいと思います。
あれから5年…昨日は、あの日や今の被災地が朝からずっとテレビで流れてました。身近な人を亡くされた方は“区切り”なんてないと言われてました。仏壇に毎日話しかけてる方を見たとき涙が出ました。そんな人達の悲しみに比べるとちっぽけな事ですが、この一年はTAOの皆さんに本当に元気と笑顔を頂きましたよ(*^^*)TAOの皆さんと純さんのお陰で毎日、元気に過ごしています!ありがとうm(_ _)mこれからも、東北の人達に 日本の人達に 世界の人達にTAOとしてひとりの人としてサポートしていく純さんを、TAOを応援してます(*^^*)
「当たり前のように明日は来ない」という絶望感に打ちのめされたあの日から5年が経ちました。絶望感と恐怖に支配されていたあの時、気仙沼にTAOが来てくれて私達は大きな勇気と希望を沢山貰いました。TAOは東北を元気にしてくれる力と癒しと勇気になっています。東北を気にかけてくれてありがとう‼感謝です。「純君も、毎日をただひたむきに生きてください。そして、テッペンを目指して必死にもがいてください。お互いの場所で悔いのない一日、一日を積み重ねて明日に向かって前進して行きましょう!」そんな事を伝えたい5年目です。また純君の勇姿を観れる事を楽しみにしています‼ほんとうに、ありがとう。
3.11
返信削除昨日の日本時間14:46分、黙祷のサイレンがなりました。日本中の方が改めて五年前の悲劇に心を痛めたと思います。
昨日の公演会で、『この命に対する感謝』『ありがとうの反対は当たり前』と、言う言葉を聞きました。
普通に生活できる事に感謝の気持ちを忘れている事に、気付かせてもらえた一日でした。
TAOを応援できる事にも感謝して、皆さんが無事に日本に帰って来るのを楽しみに待ってるよ☆彡
あの日から5年
返信削除14時46分18秒
黙祷しました
涙が止まりませんでした…
私に出来ること
今年も 色々さがして
やってます
何ができるか?じゃなく
何か出来る!と思って
微力ながら行動にしてます
きっとこの気持ちは
繋がると信じて
忘れないこの日を
これからも
私の出来ることで
応援し続けたいと思ってます
TAO通して繋がった
大切なお友達も気仙沼で
頑張ってます
TAOの公演を楽しみに待ってます
繋がり
絆
これからも大切にします。
そして 今日は楽しみにしてた
TATAKIMAKUREだ♪
気仙沼のお友達にももちろん報告
純くん居なくて
ちょーーーー寂しいけど
楽しんでくるね♪
残りのステージも
頑張って下さい。
当時、私は忙しく仕事に追われていましたが、突然の揺れにパソコンが落ちたり本棚が崩れたり、社内はパニック。
返信削除交通網は完全にストップし、結局帰宅できず会社で一夜を過ごしました。
翌朝帰宅してみると、本棚や食器棚からの落下物で部屋はごちゃごちゃ。
たまたまこの日、自宅に忘れてきてしまった携帯には、家族や海外の友人含め、沢山の安否確認メールが届いていました。
その後改めて知った各地の被災状況に、私もこれが現実とは思えず、映画の中の世界にしか思えなかったのを覚えています。
その頃読んだある医療スタッフのブログは、今でも強烈に印象に残っています。
亡くなった方が発見された場所に立てられた無数の赤い旗。
その一つを前にして佇むおばあさんに声をかけられたスタッフ。
「ここには戦後、おじいさんが一生懸命働いて建てた家があったんだよ。病気一つしない人だったけど死んじゃったよ」
長い年月をかけて培った沢山の思い出も大切な人も、一瞬にして奪い去っていった事を物語るその一文を読み、嗚咽の声を止める事ができず、ただただ泣き続けた事を思いだします。
原発事故により全く復興の目処が立たない被災地もまだあります。
私たちにできることは少ないのかもしれないけれど、風化させることなく、こうして忘れずに語りつぎ、想いをつなげるのも大事な事だと思っています。
TAOの演奏には人の笑顔を引き出し、元気を与える力がある。
TAOメンバーとしての純さんの強い決意表明も胸に刻みました。
是非また被災地での公演を実現させて下さいね!
その時は1人でも多くの地元の方が行けるよう、私は自宅待機で応援させていただきます(^_^)
あれからもう5年…まだ5年。
返信削除停電が続いてやっとTVが見れた時、現実に起きている事態をやっと理解出来ました。
ただただ驚愕しました。
同じ東北に住む者として
同じ日本に住む者として
これからもこの日を忘れずに
これからも私に出来ることをして
普通の日々に感謝して
あの時、純さんやTAOの皆さんが与えてくれた元気、勇気、希望。
皆さんの心にずっと生き続けています。
これからも、東北を日本を元気にし続けて行きましょう!
東北は頑張っていますよ。
純くん、こんにちは。
返信削除あの日職場で、何が起きたのか、どれほどの規模のものなのかよく分からないまま、働いているお店は余震の中通常営業。深夜に帰宅して、初めて事態の大きさを知り愕然としました。
東京にいた私ですら感じた恐怖。
東北の方々の恐怖は計り知れません。
TAOは、人を勇気づけ、寄り添い、支え、笑顔をくれる。
この5年見てきて本当にそう思います。
物理的な復興ももちろん急務ですが、心の復興はもっと大事。
TAOの舞台で、これからも復興への活力を届け続けてください。
そんなみなさんを応援し続けます。
私にもなにか出来ること…。
ささやかでも、続けていきたいと思います。
純くん、こんにちは。
返信削除あの日職場で、何が起きたのか、どれほどの規模のものなのかよく分からないまま、働いているお店は余震の中通常営業。深夜に帰宅して、初めて事態の大きさを知り愕然としました。
東京にいた私ですら感じた恐怖。
東北の方々の恐怖は計り知れません。
TAOは、人を勇気づけ、寄り添い、支え、笑顔をくれる。
この5年見てきて本当にそう思います。
物理的な復興ももちろん急務ですが、心の復興はもっと大事。
TAOの舞台で、これからも復興への活力を届け続けてください。
そんなみなさんを応援し続けます。
私にもなにか出来ること…。
ささやかでも、続けていきたいと思います。
あれから5年…昨日は、あの日や今の被災地が朝からずっとテレビで流れてました。
返信削除身近な人を亡くされた方は“区切り”なんてないと言われてました。
仏壇に毎日話しかけてる方を見たとき涙が出ました。
そんな人達の悲しみに比べるとちっぽけな事ですが、この一年はTAOの皆さんに本当に元気と笑顔を頂きましたよ(*^^*)
TAOの皆さんと純さんのお陰で毎日、元気に過ごしています!
ありがとうm(_ _)m
これからも、東北の人達に 日本の人達に 世界の人達にTAOとしてひとりの人としてサポートしていく純さんを、TAOを応援してます(*^^*)
「当たり前のように明日は来ない」という絶望感に打ちのめされたあの日から5年が経ちました。絶望感と恐怖に支配されていたあの時、気仙沼にTAOが来てくれて私達は大きな勇気と希望を沢山貰いました。TAOは東北を元気にしてくれる力と癒しと勇気になっています。東北を気にかけてくれてありがとう‼感謝です。
返信削除「純君も、毎日をただひたむきに生きてください。そして、テッペンを目指して必死にもがいてください。お互いの場所で悔いのない一日、一日を積み重ねて明日に向かって前進して行きましょう!」そんな事を伝えたい5年目です。また純君の勇姿を観れる事を楽しみにしています‼ほんとうに、ありがとう。